民主党政権3年3か月の研究

悪夢でした。二度と政権をとらせてはいけません。だから記録します。

◇国家戦略会議の夢

 

鳩山内閣は、「行政刷新会議」と「国家戦略室」をつくって、政治主導で足元の改革と国家ビジョンを策定し予算まで決定する「国家戦略局」を目指していたようですが、うまくいきませんでした。

野田内閣では、「行政刷新会議」に加え「行政改革に関する懇談会」を新設、国家ビジョンを策定する「国家戦略会議」を立ち上げています。国家戦略担当大臣に古川元久氏(衆・愛知2区)が就任します。

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会議開催についての閣議決定です。

国家戦略会議の開催について
平成 23 年 10 月 21 日
閣議決定
1.税財政の骨格や経済運営の基本方針等の国家の内外にわたる重要な政策を統括する司令塔並びに政策推進の原動力として、総理のリーダーシップの下、産官学の英知を結集し、重要基本方針の取りまとめ等を行うとともに、国の未来への新たな展望を提示するため、新時代の中長期的な国家ビジョンの構想を行う国家戦略会議(以下「会議」という。)を開催する。・・・(略)

http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2011/1021kokka.pdf(官邸)

会議は、2011年1月28日に第1回が開かれてから2012年11月まで11回開かれます。

第一回会議の出席者です。

議 長 野田 佳彦 内閣総理大臣
副議長 藤村 修 内閣官房長官
副議長 古川 元久 国家戦略担当大臣兼内閣府特命担当大臣
議 員 川端 達夫 総務大臣
議 員 玄葉 光一郎 外務大臣
議 員 安住 淳 財務大臣
議 員 枝野 幸男 経済産業大臣
議 員 白川 方明 日本銀行 総裁
議 員 岩田 一政 日本経済研究センター 理事長
議 員 緒方 貞子 国際協力機構 理事長
議 員 長谷川 閑史 武田薬品工業株式会社代表取締役 社長
議 員 米倉 弘昌 住友化学株式会社代表取締役 会長

しかしながら、これといった話題にのぼったことは記憶にありません。やはり組織をつくっただけで成果も出ずに終わった、民主党政権らしい会議だったようです。

会議の議事録はこちらから →国家戦略室 - 政策 - 国家戦略会議

この「国家戦略会議」についてプレジデントの記事がありました。

民主に“政治主導”ムリ…「国家戦略会議」骨抜きに 2011.11.8
政治主導のシンボルとして野田佳彦首相がこだわった「国家戦略会議」構想が、ようやく日の目をみる。
国家戦略会議の新設は、野田首相が国会での所信表明演説で言及、藤村修官房長官「首相の下に設置された国家戦略会議が外交・安全保障を含めた国家戦略をハイレベルで検討、推進していく」と説明。10月21日の閣議で設置が決まった。
「所管の古川元久国家戦略・経済財政担当相は、郵政改革を断行した自民党小泉純一郎政権当時の経済財政諮問会議のような強い権限を有する会議にしたいと張り切っていた。経済財政諮問会議内閣府設置法に基づいて設置され、小泉政権の経済政策立案の中核を担った。経済財政諮問会議には日本経団連奥田碩会長(当時)ら実力者が結集、同会議が作成した“骨太の方針”に基づいて小泉改革は進められた」(政治部デスク)
ところが新設される同会議は法的裏づけを持たず経済財政諮問会議のような強い権限を持たない。要するに“骨抜き”にされたのだ。民主党中堅議員が言う。
「各界の意見を“聞きおく”形ばかりの諮問会議になりそう。法的裏付けのある経済財政諮問会議を活用すれば済んだ話だが、自民党政権の“お古”を使うことはプライドが許さない。かといって衆参ねじれ国会の下、会議に法的裏付けを持たせる新たな法律をつくることも不可能。それで換骨奪胎でスタートせざるをえなくなった」
同会議が取り扱うテーマも縮小を重ね、当初検討された安保は対象外、外交についても経済外交のみに限定される。藤村官房長官も「(1)エネルギー政策(2)経済成長と財政健全化の両立(3)海洋・宇宙開発など、の三本柱になる」としている。
「同会議に強い権限と広いテーマを与えると、中央省庁の縄張りが侵される。そこで、財務省を中心に会議の骨抜きが図られたという。担当の古川大臣が総理執務室に入るのを財務省が妨害し“なかなか総理に会えない”と大臣がぼやいたという話もある」(官邸スタッフ)
同会議のメンバーも当初の古川構想では「民主党政調会長も入ってもらう」ことになっていたが、藤村氏は「党側の人間は入れない」と突っぱねた。「ポスト野田の最右翼の前原誠司政調会長にこれ以上、目立たれるのは困る」(前出中堅議員)からだという……。

https://president.jp/articles/-/5089(プレジデント)

野田総理もかなり力を入れていたようですが、結局「法的な裏付けがない」これが決め手で何もできなかったようです。組織をつくるのは好きですが、その基盤を考えずに先走るから動けなくなるのです。だからこれといった成果は出なかったようですね。内輪もめもあったみたいですし・・・。
民主党政権では、新しい組織を次から次へとつくるのですが、何一つうまく行きません。それは、それぞれの大臣が自分の手柄をまず考える。このことに原因があると私は思っています。

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