民主党の良識と言われる参議院議長がいました。西岡武夫氏です。
もともと自民党でしたが、新自由クラブ、自民党、新進党、自由党、民主党と渡り歩いてきています。当初は民主党に不参加を表明していたようです。水が合わなかったのだと思います。
参議院で議長を務めていた西岡氏は、2011年5月19日の読売新聞朝刊に次のような菅総理の退陣を促す論文を発表します。
私たちが考えていたのと同じ悪夢の民主党政権を中から批判されている方がいたのです。民主党の良識と呼ばれるのも納得です。メディアのソースが見つからなかったので「大窪由郎のブログ」さんから全文をお借りします。
首相の責務 自覚ない(寄稿全文)
菅直人内閣総理大臣殿
昼夜を分かたぬご心労、推察致します。ご苦労さまでです。
私は、国権の最高機関を代表する一人として、この一文を敢えて率直なことを申し上げます。
菅首相、貴方は、即刻、首相を辞任すべきです。
いま、東日本大震災の被災者の方々、東京電力福島第一原子力発電所事故により避難を余儀なくされておられる皆さん、多くの国民の皆さん、野党各党、また、与党の国会議員の中にも、私と同じ考えの方は多いと思われます。また、地方自治体の長、議員の皆さんも、菅首相に対する不信と不安を持っておられると思います。それでも、「菅首相、お辞めなさい」という声がなかなか表面化しないのは、理由があるようです。国政に限らず重大な問題が生じた時、そうして事柄が進行中に、最高責任者を代えるのは、余程のことだ、という考えが一般的だからです。
しかし、3月11日の震災発生以来、菅直人氏は、首相としての責務を放棄し続けてこられました。これこそが、余程のことなのです。実は、昨年、尖閣諸島沖の中国漁船衝突問題の時も、首相としての責任を放棄されたのですから、貴方は、首相の国務に関しての責務に自覚をお持ちでないのでしょう。
こうした私の菅首相への「怒り」に、反論する格好の言葉が、日本にはあります。曰く、「急流で馬を乗り換えるな」。この言葉は、私も賛成です。しかし、それは、馬に、急流を何とか乗り切ろうと、必死になって激流に立ち向かっている雄々しい姿があってのことです。けれど、菅首相には、その必死さも、決意も、術もなく、急流で乗り換える危険よりも、現状の危険が大きいと判断します。
今、菅首相がお辞めにならなければ、東日本の被災者の皆さんの課題のみならず、この時点でも、空中に放射能・放射線を出し続け、汚染水は海に流されているという、原発事故がもたらす事後の重大な課題も解決できません。ここで、3月11日以来、なぜ菅首相がやらなかったのか、やる気がなかったのか、私が疑問を持ち続けていることについて触れてみたい、と思います。
その一。
首相は、なぜ、3月11日以降、直ちに「緊急事態法」をまとめ、立法化を図らなかったか。多くの会議を作り、指揮命令系統を敢えて混乱させてきました。これは、首相の責任を曖昧にして、決断を延ばすための手法です。震災では、県市町村の長、職員、地元の消防団、消防署、警察官、東京消防庁、地域の民生委員、自衛隊の皆さんに並々ならぬご苦労をかけています。
看過できないのは、首相が、10万人もの自衛隊員に出動を命じるのに、安全保障会議を開かなかったことです。安全保障会議は、「国防と共に、重大緊急事態への対処に関する重要事項を審議する機関」です。首相は法律を無視しているのです。
その二。
原発事故は、国際社会の重大な関心事です。首相が初動段階で、米軍の協力の申し出を断ったことが大きな判断の誤りです。現時点でも、事故の収束について、首相には、何の展望もないのです。
その三。
首相が、被災された東日本の皆さんのために、今の時点で、緊急になすべき事は、「8月上旬」などと言わず、避難所から仮設住宅、公営住宅の空き部屋、賃貸住宅、とあらゆる手段を動員し、被災された方々に用意することです。さらに、資金の手当て、医療体制の整備が急務です。
その四。
また、首相の責務は、災害による破損物の処理です。この分別は予想以上に大変で、梅雨入り迎えて緊急の課題です。さらに、新たな国土計画、都市計画、農林、水産業、中小零細企業再建の青写真、新たな教育環境の創造等々、期限を切って方向性をまず明示すべきでした。
その五。
居住の場所から避難を強いられておられる方々は勿論、原発事故の収束に向かう状況について、固唾を呑んで見守っておられる日本全国の皆さんに、正確で真実の情報を知らせるべきでした。原発が、案の定、炉心溶融(メルトダウン)を起こしていたではありませんか。私は、この事実を、東電も首相も、知っていたのではないかという疑いを持っています。
その六。
首相の政治手法は、すべてを先送りする、ということです。この国難に当たっても、前段で指摘した課題のほとんどは、期限を明示しませんでした。批判が高まって、慌てて新たな工程表を5月17日1に発表しましたが、予算の裏付けはありません。大震災に対する施策も、原発事故の処理費用も、新たな電力政策も、それらに要する財源は明らかでないのです。もし、それらが、政権担当能力を超えた課題なら、自ら首相の座を去るべきです。
このままでは、政権の座に居続けようとするための手法と受け取られても弁明できないでしょう。あたかも、それは、「自分の傷口を他人の血で洗う」仕草ではありませんか。
我が国は、山積する外交問題、年金問題を始めとする困難な内政問題等、多くの難題を現に抱えています。私は、菅首相には、それを処理する能力はない、と考えます。
すべてが後手後手にならないうちに、一刻も早く、首相の職を辞されることを重ねて強く求めます。野党が多数の参院で問責決議案を可決しても、貴方は居座るかも知れません。もしお辞めにならないのであれば、26,27両日の主要8か国(G8)首脳会議前に、野党が衆院に内閣不信任決議案を出す以外に道はないのです。私は、いま、己の長い政治経験と、菅政権を誕生させた責任を感じ、断腸の思いです。
放射能・放射線のために、自分の生まれた土地を後にしたことも知らない幼児、母校を離れて勉強している子どもたちの澄んだ瞳を、私は真っ直ぐ見つめられるだろうか、と自問自答しています。
国会議員が党派を超え、この大震災と原発事故が少なくとも、子どもたちの未来に影を落とすことのないよう、身命を賭して取り組まなければなりません。
http://yoshiro.tea-nifty.com/yoshiroteaniftycom/2011/05/post-a1aa.html(大窪由郎のブログ)
この全文を探している際に、自民党の参議院議員山田としお氏のブログにあたりました。西岡氏のこの退陣勧告に触れています。
山田としお メールマガジン223号 西岡参議院議長の怒り
【菅総理に辞任を迫る西岡議長】
ところで、会館のエレベーターの中で、総理補佐官として官邸に入っている旧知の議員に、「やりがいがあるでしょう」と激励したら、「総理は全くこちらの言うことを聞いてくれない」「よその党の人と仕事をしているみたいだ」「関心は延命だけ、そのために国民世論に迎合する」と厳しく、別れ際は、「一緒にやりましょう」と握手されました。一体民主党はどうなっているんでしょうか。西岡参議院議長の「菅首相、貴方は、即刻、首相を辞任すべきです。」で始まる5月19日付の読売新聞への寄稿文もすごかったです。大災害に際して総理が役割を果たしていないし、その責務にも自覚.がないという6つの罪状が記されたものです。これらのことは民主党内でも共通認識になっているのでしょう。一方で、総理の権力は「国会議員300人に相当する」と、つい最近もお会いした海老沢NHK元会長がおっしゃっていたが、全くその.通りで、衆議院で不信任決議案を可決しないと、本人がやるという.限り降ろせない。国民世論がよほど悪くなって、内閣支持率が一けた台にでもなればぐらつかせられるかもしれないが、震災前に「1%になっても辞めない」と言っていたので強がりかと思っていたが、本当にそういう人なのかもしれません。そして、浜岡原発をやめるとおっしゃって、支持率は数%上がって20%を超えている。そうした人気とりはうまい。だが、予想した通り、その後の言い方は、「原発の推進政策を見直すということでない」と変えています。原発を見直すから、こうした新しいエネルギー政策をやるんだという決意や構想が出てきません。その時々の言葉だけの人なんでしょう。
https://www.yamada-toshio.jp/mailmagazine/backnumber/no00223(山田としお)
さらに、参議院において審議拒否宣言までされています。ここまで菅直人首相への嫌悪を露わにした民主党議員を他に見ません。みなさん、解散するのが怖くて言い出せなかったと思っています。西岡氏は参議院なので関係なかったことと、議長としての責任感から積極的に発言をされたのだと思います。朝日新聞です。
西岡参院議長が「審議拒否宣言」 首相辞任迫る狙い? 2011年6月19日
菅政権が国会に提出した法案について、西岡武夫参院議長が参院での審議を認めないと表明した。議長による前例のない「審議拒否宣言」だ。西岡氏は執拗(しつよう)に菅直人首相の辞任を求めており、法案審議を人質にとって辞任を迫っているとの見方もある。専門家からは「議長権限の乱用だ」との批判が出ている。
西岡氏が「審議拒否」を宣言しているのは、国家公務員の給与を削減するための臨時特例法案。震災復興財源の確保を目的に2013年度末まで国家公務員の給与を削減する内容だ。菅内閣は3日に閣議決定して衆院に提出したが、審議には入っていない。公務員給与を増減する場合に通常は必要な人事院の勧告を経ない初のケースで、人事院の江利川毅総裁は「遺憾」との談話を出している。
西岡氏は6日の記者会見で「人事院の了解がないまま出すのは反対だ。了解がない限り、議案を付託する考えはない」と明言。「震災、原発事故への対応で努力している」として公務員への配慮も理由にあげた。16日の記者会見でも「仕組みを無視して内閣が勝手に法案を出す方がおかしい」と重ねて自らの正当性を主張した。
国会法は「議案が提出されたときは、議長は適当の委員会に付託する」と定める。衆院通過後に参院に送られた場合、参院議長が担当の委員会に付託して参院の審議が始まる仕組みだ。参院事務局によると、議長が議案を意図的に付託しなかった例はないという。
西岡氏は年明け以降、首相退陣を公然と要求し、議長として異例の対応を取っている。5月には「即刻辞任すべきだ」との書簡を首相本人に送り、新聞にも寄稿した。今回の「審議拒否」も「退陣時期を明らかにしない首相を牽制(けんせい)するのが狙いで、単なる嫌がらせ」(民主党参院議員)との見方が出ている。
西岡氏の姿勢に、専門家からは批判も出ている。東京経済大の加藤一彦教授(議会制度論)は「衆院で可決されれば『法案を成立させるべきだ』という衆院の意思が示されたことになり、参院で審議するのが二院制の基本」と指摘。「議案の付託は議長の法的義務で、議長の好みで議事運営を動かすことは権限乱用だ」と言う。上智大の高見勝利教授(統治機構論)は西岡氏の動きを「政局絡み」と断じ、「審判役の議長がプレーヤーになろうとする点が問題だ。参院の顔として疑問」と批判する。(二階堂勇)
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201106180548.html(朝日)
さすが朝日新聞です。西岡氏を悪者にしょうと印象操作しているのがわかります。
西岡氏は、菅直人首相が延命した後も、内閣不信任決議は、同会期中に2回目の採決ができないとする一事不再議について、「提案者と不信任理由が異なれば2回目の採決は可能であり、(2回目の内閣不信任を)議院運営委員会で玄関払いしたり、衆議院議長が議題にしないということは不可能」と述べるなど、菅直人首相の退陣を強く迫っていました。
西岡氏は、菅直人氏が退陣したのちの2011年11月5日肺炎のため死去されました。民主党の良識はここで途絶えてしまったようです。合掌。