民主党政権3年3か月の研究

悪夢でした。二度と政権をとらせてはいけません。だから記録します。

◇小沢チルドレンと小沢ガールズ

2003年9月26日、民主党鳩山由紀夫代表)が自由党小沢一郎党首)を吸収合併する形で合流します。その後民主党は、第43回衆議院議員総選挙(2003年11月)、第44回衆議院議員選挙(2005年9月)、第21回参議院議員選挙(2007年7月)などで、小沢一郎政治塾出身者や小沢氏が発掘した新人候補に対し、自らの秘書を派遣して選挙戦術を指導するなどの支援を通じて、多くの新人議員を当選させました。橋本清仁氏、室井邦彦氏、小宮山泰子氏、青木愛氏、菊田真紀子氏、松木謙公氏、石関貴史氏、横山北斗氏、石川知裕氏、太田和美氏、谷岡郁子氏、平山幸司氏、藤原良信氏、横粂勝仁氏・・・。2004年には当選1~2回の議員で作る一新会が結成され、従来の自由党グループに小沢氏支持議員を加えて小沢グループと呼ばれるようになりました。小沢チルドレン第1号とも言えるでしょう。

政権交代が起きる2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙で、小沢氏は選挙担当筆頭代表代行として指揮をとり、143人の新人議員を当選させます。マスコミは、「小沢チルドレン」誕生を大々的に報じます。

その中でも小沢氏は、自民党公明党の大物議員の地盤に女性候補を多数擁立するのです。これがマスコミの注目を集め「小沢ガールズ」と呼ばれるようになります。

下記に代表的な小沢ガールズを紹介しますが、太田公明党党首、福田元総理、森元総理、小池百合子氏など重鎮の選挙区に大胆にも新人女性候補を送りこみ、勝利もしくは善戦させてしまう小沢一郎氏の剛腕、選挙における嗅覚、老獪なしたたかさには、改めてそのチカラを認識せざるを得ません。

【主な小沢ガールズ】 ○は現在も議員を続けている方

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三宅雪子氏国会内転倒事件

2010年5月12日、衆議院内閣委員会の採決において、与野党議員がもみあいとなり、三宅雪子氏が委員長席付近で転倒した事件。民主党自民党甘利明氏に突き飛ばされたと主張、甘利氏に謝罪を求めました。しかし自民党馳浩氏は、三宅氏が「自分で転んだ」と国会のエレベーター内で発言したと語り、その場に居合わせた日本共産党宮本岳志氏も馳氏の発言をほぼ事実だと追認する事態に。しかし三宅氏はそれを否認します。なおこの委員会における強行採決に及び、もみ合いになるほど紛糾した議題は「国家公務員法改正案」です。さらに、翌日三宅氏が国会に車いすで登庁すると、大げさだ、やらせではないかとの声が多く上がりました。

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小沢ガールズたちのほとんどは、小沢氏が民主党を離党し、2012年7月11日に結党した「国民の生活が第一」に参加しています。その後党は、「日本未来の党」「生活の党」「生活の党と山本太郎となかまたち」「自由党」と変わっていきますが、その後の選挙で当選した方はわずか、小沢氏の権力と夢とともにしぼんでいきます。

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