民主党政権3年3か月の研究

悪夢でした。二度と政権をとらせてはいけません。だから記録します。

■民主党政権のもたらしたもの ◇戦後レジームの罰ゲーム?

時として思います。ここまで振り返ってきた3年3か月に渡る民主党政権は、戦後レジームの罰ゲームだったのかもしれないと・・・。

2007年9月26日、戦後レジームからの脱却を目指した安倍総理が退陣を発表されます。改革を焦り過ぎた安倍総理は、変化を嫌う官僚、野党、マスコミから総攻撃を受けて体調を崩されました。

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高度成長期からバブルを経て安定していた生活の中、我々は政治に関心を失い、消費に心をとらわれ、日本という国に暮らすことを忘れかけていました。そんな中、政治は金権へと走り、教育現場では日教組自虐史観が蔓延り、マスコミは反日インテリ病に冒されてしまっていたのです。

あの政権交代は、自民党金権政治への反発と、日教組教育を受けてきた人々が発する空気、マスコミの異常ともいえる煽りが一体化して成立したのです安倍総理が必死に壊そうとした戦後レジームの悪しき果実と言えます。
この悪しき果実の結実としての民主党政権の日々は、日本にとっての罰ゲームではなかったのか?と今だからこそ、そう感じられるのです。

「楽しく安全に暮らす」。日本では、これが普通に空気のような存在になってしまい、その背景にある日本国という存在、その国を動かす政治、身近な生活を支える行政システム、自衛隊の存在、海外との連携と脅威、エネルギーの源、税金のこと、年金のこと、・・・。そんなことどうでもいい、今の自分が楽しければ・・・。そうして高度成長期以降、消費が拡大、内需が伸びて経済が回っていたのも確かです。
のほほん、のほほんと時代を享受していた日本人に、この政権交代という災厄が降りかかったのは当然の報いだったのでしょう。「浮かれるな!足元を見ないと日本はなくなる。」日本国民に喚起を促すための罰ゲームだったと・・・。

民主党政権が崩壊して安倍政権が復活して以降、日本は経済が回復しただけでなく、日本の国に対する意識が少し変わったように思います。例えば、領土問題に関心を持ち尖閣諸島問題や竹島問題に興味を持つ人が増えました。以前は、その問題があることさえ知らない人が多かったのです。私もその一人でした。そこには、インターネットの広がりが大きな役割をしめています。
民主党政権が悪政を画策し、マスコミがそれを報道しない。「おかしいぞ?」と感じた人々がインターネットで調べる。「やっぱりおかしかった!」とネットで発信する。ネトウヨと呼ばれる人々はそんな中から生まれてきました。「民主党政権への批判」と「マスコミへの懐疑」がセットになってネトウヨは生まれてきました。
ネトウヨの意識の中では「マスコミは常に正しい」「マスコミは中立公正」「マスコミが報道することが全て」これまで私達が信じてきた「マスコミの三大定理」(勝手につくりました)が崩れ去りました。「マスコミは嘘をつく」「マスコミは中韓・野党に偏向している」「マスコミは都合の悪いことは報道しない」ことが明らかになったのです。
そして、民主党政権が韓国優遇政策をとり、マスコミが「韓流」ごり押しをする事に国民が気づきだしたことから「嫌韓」意識がネトウヨ中心に芽生えてくるのです。それがいまや、海自哨戒機へのレーダー照射や徴用工裁判により、それが普通の国民にまで広がっているのは、喜ばしい限りです。

民主党・マスコミ・嫌韓ネトウヨは密接に強く関係しているのです。

一方で自民党も再生しました。安倍晋三氏が第一次政権でマスコミと官僚から総攻撃を受けて退陣したことは、新しい安倍政権への重要な布石となりました。物事に動じない現在の安倍政権の源は、あの時の経験からくる知見と自信なのだと思います。そして東日本大震災で何もできないもどかしさから、自ら率先して動いた野党としての経験も、自民党が自ら変わっていく大きなパワーとなりました。新しい自民党の姿をつかんだのです。

「国民の覚醒」、「ネトウヨの登場」、「マスコミへの不信感」、「嫌韓」、「自民党の再生」、これらは民主党政権という罰ゲームを経験した国民から結実した未来への果実です。この後、一つずつ検証していきます。

罰ゲーム。この言葉は東日本大震災で被災された方にとって大変失礼な言葉とわかっています。これ以降の表現にも「民主党政権が無能で良かった」など、被災者の皆様に失礼に当たる表現が出てきます。決して被災者の不幸を揶揄するものではなく、民主党政権が日本に及ぼした災厄とも言える3年3か月を糾弾するための表現以外に他意はありません。ご容赦ください。

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