民主党政権3年3か月の研究

悪夢でした。二度と政権をとらせてはいけません。だから記録します。

◇パフォーマンスばかりで、遅れる復興

阪神大震災時、私も被災地にいました。建物が無事だったので助かりました。電気はその日に復旧しましたが、ガスと水道の復旧には3か月弱かかりました。ただ一日一日復興していく様子と春の訪れがかぶって、気持ちが明るくなっていくのをひしひしと感じました。

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下記の記事にもありますが、民主党政権の場合、テレビで大臣のお顔はよく拝見するのですが、復興が進んでいるのを一向に感じることができませんでした。

その感じた通りのことが報道されています。産経新聞です。

 発生2カ月 菅内閣VS村山内閣…対応遅れ、首相のパフォーマンス 2011.5.11

東日本大震災の発生から11日で丸2カ月。菅直人首相は発生直後に「被害を最小限に抑えるため総力をあげて取り組む」と強調したが、果たして結果はどうなのか。平成7年1月17日に起きた阪神・淡路大震災当時の村山富市内閣と比べると、対応の遅れが目立つばかりか、菅首相のパフォーマンス重視の姿勢が際立つ。

菅、村山両内閣の震災後2カ月間を比較して、顕著な違いが見えるのが復旧・復興関連法の成立本数だ。

村山内閣では震災発生1カ月後に被災者の所得税などの減免措置を盛り込んだ緊急特別立法関連3法案が成立。2カ月間で計16本の法律が成立した。これに対し、菅内閣で初めて震災関連法案が成立したのは47日後。現在も10本の法律しか成立していない。

村山内閣は自民、社会、さきがけの3党連立政権で衆参で過半数を確保していたが、現在は衆参ねじれで国会運営が難しいことも確かだ。だが、自民党など野党各党は震災発生直後に「政治休戦」に応じており、平成23年度第1次補正予算も提出からわずか5日間で成立した。

仮設住宅の建設戸数を見るとその差は歴然だ。

阪神・淡路大震災では、震災後43日で7013戸が完成。同74日では3万8399戸に上った。今回は10日時点(同60日)で7441戸にとどまる。

被災範囲の広さに伴う用地確保の難しさやライフライン復旧の遅れも影響したとはいえ、被災者は今回の方がはるかに多い。

村山氏は小里貞利地震対策担当相を震災発生3日後に任命し、現地で陣頭指揮を執らせた。菅首相自民党谷垣禎一総裁に副総理兼震災復興担当相での入閣を打診したが、いまも担当相はおいていない。福島第1原発事故への対応で頭がいっぱいとなり、被災者支援や復旧などが後手に回った感は否めない。

一方、菅首相の露出度は極めて高い。2カ月間で村山氏が被災地を視察したのは2回だが、菅首相はすでに4回足を運んだ。これ以外にも4月15日に首相官邸福島第1原発の事故による風評被害を受ける福島県産のキュウリやイチゴをカメラの前で食べたほか、8日には都内にある福島県のアンテナショップで日本酒などを購入した。

記者会見やぶら下がり取材の回数も村山氏を引き離している。

ただ、村山首相時代は移動時に記者団が随時質問する慣例があった。これに対し、菅首相は震災以降、内閣記者会との申し合わせ事項である毎日のぶら下がり取材を拒否。記者会見でも質問を2、3問で打ち切るなど一方的に自己アピールを狙うばかりで誠実さは感じられない。(杉本康士)

産経新聞リンク元不明)

何度も申し上げていますが、民主党政権の人々にとって大事なのは自分の手柄であり、カメラ映りです。この時代にインスタグラムがあったら、被災地での自撮りで大変なことになっていると思います。

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